「で、その研究は何の役に立つの?」

以前やっていた研究の説明をすると、大多数の人にこの質問を投げかけられます。
具体的な研究の内容はここには書きませんが、動物の変態メカニズムについての研究です。

確かに、この研究で何か新しいことが発見されたとしても、直接的に社会の役に立つという事は無いです。
自然科学の研究では、往々にして役に立たない研究の方が多いかもしれません。
一般の方々からすると、血税が無駄に使われていると感じてしまうかもしれません。

それは至極まっとうな意見で、私も苦労して稼いだお金の一部が無駄に使われていると知ったら、憤慨するに違いありません。
(実際に、政治家が我々の税金を雑に扱っている気がしてイライラしますし...)


では、なぜ自然科学の分野では、おおよそ社会の役に立たない研究に力を注いでいるのか?

その答えは、いくつかあると思うのですが、大多数を占める答えは「おもしろいから」だと思います。


その反応がどのようにして進行しているのか知りたい。

あの物質とこの物質を混ぜると何ができるのだろう。

生物はどのようにして複雑な形態を獲得したのだろう。

このホルモンのどのようにして機能するのだろう。

一つの受精卵からどうやって細胞の多様性が生じるのだろう。


例を挙げるときりがないですが、この世の中には無数の謎が存在します。
これらの謎を解き明かすことができれば、おもしろくないですか?
しかも、その謎を解き明かすことが出来たのは世界で自分が最初で、まだ誰もその答えを知らない、となればその快楽は一段と強くなる気がします。

研究者は自分自身のために研究をしているのだと思います。
自分が不思議に感じる事象について詳しく知るために、日夜研究をしているのではないでしょうか。

何故役に立たない研究をし続けるのか?
それは自分自身のためで、面白いからだと思います。


ここで、問題となるのが、研究の資金が税金で賄われているという事です。(多分)

きっと、たくさん税金を納めている人は、「研究者は自分のために税金を使っているとは、随分良い身分だな」と感じるでしょう。

これに対して、「面白いからいいじゃないですか!」

と答えて、納得してくれればそれでよいのですが、なかなか上手くいかないことが多いのではないでしょうか。

そのため、研究に携わる人間は、それをサポートしてくれている人に対して、その研究の「面白さ」を伝える責任があると、僕は思っています。
面白さを共有することができれば、大切なお金が研究に使われても納得してくれるのではないか、と


もし、自分が研究者になったならば、論文を執筆し続けるだけでなく、日本語で分かりやすく研究の意義を伝える仕事もしてみたいと思います。
社会から自然科学研究が隔離されてしまったら、研究したくても研究できなくなってしまうのではないか... 
と、結局自分の事しか考えていないのかもしれません(笑)


長くなりましたが、これで終わりです。
最近、考えていることをアウトプットしたいが為に記事を更新しました。

それでは、また。